ピンクが似合う男

 ほら、よくあるだろう。
 ファミレスでダブルデート中のカップルの彼女同士とか、部活の集団の女同士とかで、わーっと喋り続けて、男たちが所在なくぼんやりしてる状況。
 今、俺は正にそういうシチュエーションのただなかにある。

「そこの角を左に曲がるとすぐなんです、とっても可愛いんですよっ」
「朝比奈さんのお墨付きとは、期待できますね」
「可愛いクロワッサンの看板で、ドアから内装からパステルカラーで全部可愛くて、何よりパンが最高なんですぅ」
「元々パティシエだった方のパン屋さんなんですよね?」
「はい。ブリオッシュ系なんてびっくりしますよ!古泉くんは、甘いの大丈夫ですよね?」
「勿論です。バゲットはどうですか?」
「おいしいです!私うまく説明できませんけど、皮が、こう…」
とまあさっきから、朝比奈さんと古泉でえんえんパン屋話だ。いつもならオセロが一勝負終わっている時間だが、今日は朝比奈さんがお土産に持参してきた菓子パンから発展してこの通りである。長門は相変わらず無言だし、ハルヒはパソコンの前で格闘している。おそらく朝比奈さんの写真関係だろう、この集中ぶりは。
 というか何で古泉はあんなにパンの話についていけるんだ。この間は確か、ケーキ屋の話でめちゃくちゃ盛り上がってなかったか。朝比奈さんは可愛い。食品関係のことを話していると、これ以上上がらないかのような女の子度が更に上がる。オーラがピンクでキラキラしている。何言ってるのかよく分からないが、とにかく可愛らしいし癒される。
 ところで、どうしてそのピンクのオーラに古泉が混ざってるんだろうな。それも一欠片の違和感もなく。俺もパン話なら何とかわからないでもないが、この間の菓子関係は本当に意味不明だった。次から次へと飛び出す横文字に首を傾げながら、睡魔に襲われて居眠りしていた気がする。古泉の知識の広さって、一体何なんだ?

「それは、様々な方に対応できる必要がありますからね。話題の豊富さは必須ですので、機関の方で色々と学ぶわけです」
そう古泉は、したり顔で答えた。その日の部活の帰り道のことだ。
「何かむかつくな、殴りたい」
「ドキドキしますね」
にこにこしている古泉は、純粋に楽しそうだった。
「でもあなたと、ゲームができませんでしたね。居眠りされてましたから」
「眠くもなるぞ。あんな話聞いてたら」
「そうでしょうか」
古泉はやわらかい微笑を浮かべた。俺は何だかほっとして、呟いた。
「楽しいんだな」
古泉は、花が開くように笑った。
「はい、楽しいです」
そんな風に、ほのぼのとした夕焼けをしょって満面の笑みを浮かべられると、困ってしまう。思わずため息混じりに呟いた。
「お前、女の子みたいだな」
「え、どこがですか。ひどいです」
古泉は不満そうにちょっと唇をとがらせて恨めしげにこちらを見やった。睨んでるつもりか、それ。
「男子はお前と俺しかいないんだからな」
わかるだろ。お前まで女子部に入ったら居心地悪いんだよ。
 そう心中で呟いて隣を見上げると、古泉は整った唇をぽかんと開けてこちらを見ていた。こんな表情をしていると、こいつの頭はまるっきり空っぽみたいに見える。と、古泉がぬけぬけとこう言った。
「…妬いて下さったんですか?」
俺があっけにとられて二の句を告げずにいる間に、古泉はどんどんテンションを上げてべらべらまくしたて始めた。
「嬉しいですね。いえ、申し訳ありませんでした。僕は自分の察しの悪さを呪いたくなります。なぜかことあなたのこととなると、僕は急に全ての能力が落ちてしまうような気がしますよ。あなたが居眠りなさっているのも、お疲れなのかと思っていたんです。違ったんですね。あれはいわゆるふて寝というものだったんですね。僕はあえてお邪魔しないようにしていました、全く!僕はなんて鈍いんでしょう」
「おい」
「はい?」
「俺は暇で退屈だっただけだぞ」
「そうですか?」
「ああ」
古泉は一ミリも打撃を受けず、にこっと笑いかけた。
「どちらでも構いませんよ。僕とゲームをなさりたいんですよね?」
そうなのか?いや、そうだと思うんだが、何かニュアンスが…。
「…別に俺はお前ほど熱烈にボードゲームが好きなわけじゃないぞ」
そうだ、ボードゲームをしたいわけじゃない。
「朝比奈さんにはハルヒがいるんだから、お前は俺の相手をしろ」
何だ?言っておいてなんだが、これも若干違うニュアンスを含むような気がする。というか、隣が見られない感じがする。というか、隣のヤツが近い。凄く近い。接近というより密着してきている。
「嬉しいですね」
体温が高い!古泉!近くにいるだけで暑い!暑苦しい!
 古泉が(鬱陶しいことに)少し腰をかがめて、俺の耳に囁いた。
「僕も本当はそんなに、ボードゲームが好きなわけじゃないんですよ。ボードゲームではなくですね、」
「顔が近い!暑苦しいんだお前は!」
俺は耐えられずに古泉の肩を突き飛ばした。その時古泉の顔を正面から見たが、古泉は眉をただ八の字に下げて、少し寂しいような笑みを浮かべていた。俺は急に子供相手にきついことを言ったような罪悪感がこみ上げてきて、ごめん、と謝ると古泉の袖口をつかんだ。
「帰るぞ」
はい、と古泉は答えると、おとなしくついてきた。

 次の日の放課後に行くと、そこには既にメンバーが揃っていた。ハルヒは相変わらずパソコンをいじっており、可愛らしい朝比奈さんが何か一所懸命話している。相手は古泉だが。
「こんにちは」
「あ、こんにちは、キョン君」
朝比奈さんはすぐ古泉に向き直る。
「それで、ここにかけるのが難しくてうまく行かないんですぅ」
今日は編み物か。古泉は朝比奈さんの手の中の毛糸をさくさくといじる。お前、編み物もできるのか。俺が感心して呆れながら席に座ると、古泉がちらっとこちらを見た。目が、犬みたいに全力で申し訳なさそうにしている。
 女の子に優しい、全ての期待に応える謎の転校生か。もちろんハルヒの前では、そのイメージ維持の方が大切なんだろう。例え、昨日の今日で俺を前にしても。別にそれを邪魔したりしない、俺もそこまで子供じゃない。
「ふて寝だぞ」
古泉だけに聞こえるくらいの小声でそう言うと、俺は机に突っ伏した。
「えっ」
古泉の小さな驚きの声にかぶして、ハルヒが叫んだ。
「キョン!最後に来ていきなり寝るんじゃないわよ!」
「わかったわかった」
適当に答えて、顔は上げない。ハルヒもそれ以上は何も言わない。

 それにしても、妙に胸がむしゃくしゃするのは何でなんだろうな。
 朝比奈さんの笑い声を聞きながらそれを考えている間に、俺は眠りに落ちた。





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